成功と失敗の日々から、仮想と現実の老い25、逡巡
自分が何をしたいのか探してぐるぐると同じ所を廻り歩いているようだ、、、では何故何かをしたいのか、しなくてはいけないかという焦燥は何処から湧き出るのか
そんな問いを自分に投げ目標を定めなくてはいけないと意味不明な焦燥感に囚われる。別に何もしなくても良い、流れに逆らわずいつか来るだろう本当の老いを受け居ればよいだけなのだが、
何もしなくても良いという生活とはどんなものか、
二人暮らしなので洗濯は毎日する必要はない週に一二度で済む。
掃除機をかけるのも今は週に一度だが週に二度行えばいいだろう、
買い物も週に二三回で済むか、 戸建てでないので庭がないし、ベランダは洗濯物を干すとプランターを置く余裕はないないので土いじりは出来ない(土いじりがしたくてマンション玄関口の植え込みに花を植え愉しんでいるグループもあるが、、)
社交的な性格で無い以上玄関先で話し込んでいる人達の輪に入る気もない、
では、ボランティア活動に参加するかというとこれはその時の成り行き次第?
多分、ゴミ出しをして毎日公園を一時間少々歩く以外家でPCを操作するかTVを眺める日々だろう、せいぜい気晴らしに百貨店歩きか、、、、
手芸に勤しむ、身の回りの不要品の整理、、
文化センターの○○教室かスポーツジムに通う
新聞雑誌に写真や小論の投稿を楽しみとする、
気乗りしないがペットを飼う、、、
話し相手が欲しくなれば心療内科に通うの一案か、
別に今から老後の過ごし方で焦燥感に駆られる必要のない事なのだがそれでも何か刺激を求め何かをしてみたいという漠然とした思いが湧く、
定年前の今だから起きるのだろう、
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